自分の人生を「幸せ」と感じられるか否かは「選択肢」の多さで決まる

 100億円あげるから80歳になってもらえない?20歳になったばかりの若者にとって、このお願いは聞き入れにくいものでしょう。なぜなら時間はお金よりも遥かに価値を持つものだからです。幸せを感じるには、お金以上に、自分がやりたいことを選べることのほうが大事なのです。

100億円もらう代わりに自分の時間を失える?


 どんな人にとっても「時間>お金」であることは間違いないと思っています。

 「いや、自分は時間よりお金が大事だ。時間をあげるから、代わりにお金が欲しい」と反論したい方もいるかもしれません。

 しかし、よく考えてみればわかりますが、ものには限度があります。

 「1000円あげるから1時間働いて欲しい」と頼めば働いてくれる人はいるでしょうが、「1000円あげるから10時間働いて欲しい」というオファーを受け入れる人はいないでしょう。

 「大金をくれるならいくらでも時間はあげるよ」という人がいるかもしれませんが、「じゃあ20歳のあなたに100億円あげるから、そのかわりに80歳になってくれ」と言われたらどうでしょう?

 OKを出す人はほぼゼロのはず。

 「たとえ100億円があっても、人生の残り時間が極端に短くなるのは絶対に嫌だ」と思うならば、やはり「時間>お金」ということなのです。

 時間はお金よりもはるかに価値があります。お金は失っても、時間をかければ取り戻せます。でも、お金を出しても時間を戻すことはできないのです。

どんなに贅沢をしても、いずれ必ず飽きる


 更に経済的に豊かになっても、贅沢は必ず飽きるという事実があります。

 私は現在、会社員時代に比べて、経済的にかなり豊かになりました。でも支出はほとんど変わりません。入ってくるお金が増えても、行動は変わらずです。

 奥さんとの記念日などでは、ホテルのフレンチフルコースを注文をする事がありますが、それは会社員をやっていた頃からしていたことです。

 もちろん、今でも牛丼屋やラーメンチェーン店にもよく行きます。その気になれば毎日フレンチを食べることはできなくもないのですが、そんなことは絶対にしたくないと思っています。

 というのも、限界効用逓減の法則であらわされるように、私達はどんなものでも必ず飽きる運命にあります。

 毎日毎日、フレンチフルコースでディナーに2時間をかけるのは苦痛なだけです。気が向いたらサクッと牛丼つゆだくを食べる。こってりラーメンを食べる。私はこれで十分過ぎる満足感が得られます。

 シャトー・ムートンの赤ワインではなく、時には冷えた生ビールをガブガブ飲みたい日もあるでしょう。

 「贅沢=幸せ、であり贅沢にはお金が必要だ。だからお金をもてば幸せになれる」というのは大きな勘違いなのです。お金は便利に生き、苦痛を取り除く力はありますが幸せをそのまま買うことはできないのです。

お金が無くても選択肢が多い現代は幸せを得られやすい


 バブル経済時と比較すると、今の日本人一人あたりの経済力が低下していることは事実です。

 報道も若者にお金がないので消費を控えていることを絶望視するような論説が多く見受けられます。

 しかし、私はお金がジャブジャブ市場にあってバンバン消費されていた時代に比べると、今の方がはるかに幸せだと思うんですよね。

 確かに経済成長していた時代は、将来に不安を抱くことが少なかったかもしれません。多くの人が、日本はこのまま大きな成長を続けていき、頑張って働けば年功序列で収入も上がっていくと考えていたのですから、未来に怯える必要はありません。

 対して現代は、将来不安を抱え、とにかく稼いだお金は使わずにガッツリ貯め込むという人も少なくないでしょう。

 構図にすると以下のような形ですね。
  • 経済成長期:将来不安はなく、消費も旺盛
  • 成熟経済期:将来が不安で、平均所得も減少
 それでも私は今の時代の方が幸せを得られやすいと考えています。なぜなら選択肢の多さがケタ違いだからです。

 この人生の選択肢の多さや、生き方や価値観の多様性に惑う人もいて一概には言えませんが、その気になればどんな生き方でもご飯は食べていけます。

 「正社員でなければ人にあらず」みたいな価値観の持ち主は、昔の方が今よりはるかに多かったでしょう。「正社員で遅れず休まずで働けば昇給・安定の保証」があった時代では、それが生存戦略だったからです。

 一方で前時代を過ごした人は幸せを感じにくい場面も多々経験したことでしょう。上司がクロと言えばクロ。暗に守らねばならぬ業界ルール。他の人と違うやり方をすることで感じる社会的疎外感が、多くの人の独自性を消してしまいました。

 でも、今ならビジネスで考えても、雇われない生き方は難しくありません。

 たとえば、私はお金儲けではなく、自分のビジネスの認知度拡大とセルフブランディングのつもりでジャーナリストの副業をはじめましたが、自分の意見を発信し、ビジネス記事を書くこの副業だけでも独身の成人男性が生活していけるだけの収入を得られるようになりました。

 自慢しているわけではなく、副業でもバンバン仕事を取ってきてこなしていけば、誰でもその収入だけでも雇われずに生きていける状態になるということです。

 今はどんな生き方もできます。正社員でもいいし、副業で稼ぎながら音楽活動で夢を追ってもいい。アフィリエイトを収益の柱にして、海外を旅しながら暮らす人はいくらでもいますし、個人投資家で経済的・時間的自由を謳歌してもいいのです。

 起業家として自分のビジネスで猛烈に働いても文句を言われる事はありません。

 そう考えると、あらゆる過去の時代に比べて今ほど恵まれ、選択肢が自由で、幸福な時代もないと思っています。(執筆者:黒坂 岳央)

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